生い立ち
私は神奈川県で生まれ育ちました。
父、母、兄2人の5人家族。
末っ子で女の子という立場を利用して
かなりワガママな子供だったと思います。
兄たちと一緒に遊ぶことが多く
木登りや、泥遊び、缶蹴りなど
外で真っ黒になって遊ぶのが大好きでした。
欲しいものは欲しい
やりたいことはすぐやりたい、といった感じで
頭で考えるより行動するタイプでしたね。
好きなことは続くけど、飽きっぽいところもあるので
習い事は、習字、三味線、お琴、茶道は1〜2年でやめてしまいました。
その代わり、大好きな
水泳、ピアノは10年以上は継続してました。
水泳は選手コースまでいき、まぁまぁの成績だったと思います☆
中学時代は陸上部で800m、1,500mの選手で
コンディションの良かった時は、市の中で優勝したり、
ちょっと調子に乗ってた時もありました(笑)
月経をきっかけに鍼灸師の道へ
そんな時に、月経が始まり、
体調をコントロール出来なくなり
みるみるうちに成績は転げ落ちていきましたね。
その頃に、先輩が鍼灸に通っていて
『鍼灸師』という仕事があることを知ったんですよね。
この頃から漠然と、プレーヤーより裏方でサポートする人になりたい
という思いが芽生えてきたように思います。
高校ではマーチングに一目惚れをして、フルートを吹かせてもらってました♪
私の青春は部活一色で
何かの目標に向かって仲間と一緒に切磋琢磨する。
その時間とその時の仲間は一生の宝物です☆
本当は何をしたい?
部活一色の生活が終わり、進路を決める時に
スポーツ選手のサポートがしたいという思いだけがあり
鍼灸の学校も見学しましたが
この時は、短大か大学を出て欲しいという親の思いを聞き入れ
将来役立ちそうな栄養士の道を選びました。
2年間学び終え、就職か進学か悩み
この時も鍼灸学校に見学に行ったんですよね。
しつこい!?(笑)
鍼灸師になったあと、何をしたいか質問され
スポーツ選手のサポートがしたいと伝えると
アスレティックトレーナーという仕事があること知り
学びに行ったんですよね。
深く知らず飛び込みましたが、資格を取得するには
実技と筆記とかなりの量があり
当時の学生の合格率は数%だったようなので
よく合格したなとびっくりしましたね。
4年間勉強してきて、
やっぱり鍼灸師も頭の片隅にありましたが
そろそろ仕事しないとお金がな〜い
ということで病院のリハビリなどで働きながらお金を貯めてました。
念願の鍼灸師の道へ
やっぱり鍼灸師になりたい!と思いが湧き上がり
夜間3年間で鍼灸の勉強をしてやっと念願の鍼灸師になれたんですよね。
だいぶ遠回りした〜
整骨院や病院のリハビリ室で働きながら
ご縁がありシンクロのオリンピック選手や
社会人のアメフト選手のサポートをしたり
貴重な経験をさせていただきました。
そんなスポーツに関わる仕事をさせてもらっていましたが
結婚、出産を機に
仕事はペースダウンして一般の方を診る方へシフトしてきました。
女性、特に妊活さんのサポートを始めたきっかけは
『私の想い』で綴らせていただいてます。
良かったご覧ください。